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亀山の『クオリティ・オブ・ライフ』(平成29年3月)

公開日 2017年10月26日

更新日 2018年08月17日

この寄稿文は、朴恵淑編著 「三重学」平成29年3月出版に掲載されたものです。

サステイナビリティへの挑戦

 2010年春、私どもは市民と行政職員の徹底した議論を重ね「情報共有の原則」「協働の原則」など本市のまちづくりに関する9つの基本原則を定めた「亀山市まちづくり基本条例」を制定した。
 その1つに「持続可能性の原則」を高らかに掲げた。全国の都市自治体が制定したまちづくり基本条例は数多あろうが、持続可能性の原則が明記されたものは珍しいと外聞する。大袈裟だが、『サステイナビリティ/持続可能性』は、本市のまちづくりや行政経営における最も重要なキーワードであり、品格ある地域社会への切符だと考えている。そして同時に求められているものは、50,000市民の愛着と幸福実感へとつながるQOL(Quality of Life/クオリティ・オブ・ライフ) の向上だと考える。

 我がまち亀山は、鈴鹿山系や鈴鹿川に代表される豊かな自然環境に恵まれ、歴史が織りなした佇まいを残す城下町・宿場町としての顔がある。市内に東海道53次の3つの宿場を有し、なかでも東海道で唯一国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている「関宿」は、今なお往時の面影を偲ぶことができる。また、近年は新名神高速道路の開通による交通拠点性の高まりとあわせ、特色ある環境・文化・教育のプログラムと世界標準の健康都市戦略を推進している。さらに、人と人が支えあう地域コミュニティの活動も健在である。これら、まちを形づくる多彩な要素が上手く結びついた高い結晶性により、輝く『クオリティ・オブ・ライフ』を実現したいと考えている。市民の「愛着と誇り」そして「幸福実感」が高まり、そのことがまた一人ひとりの自発的な参画と協働への厚みとなって、持続可能な地域社会の好循環へとつながることを目指している。

環境政策と産業政策の調和

 本市は、三重県の北中部、名古屋から約50km・大阪から約100kmに位置し、我が国東西の結節点として、また伊勢への分岐点として、古くから交通の要衡として栄えてきた。また、これらを強みとして高度成長期から多様な分野の製造業の立地が進んできた。
 2002年、本市が三重県と連携して進めた乾坤一擲の産業政策により、シャープ(株)を核とする液晶関連産業の集積が始まった。当時の日本は、未だバブル崩壊以降の閉塞感に包まれており、失われた10年という時代をさまよっていた。昨今誰もが忘れてしまった感があるが、あの頃の社会経済情勢は、構造的な円高デフレによる国内産業の空洞化という厳しい現実のなかにあり、地方経済・雇用の疲弊、平成の市町村再編、環境・IT・超高齢社会などへの新しい政策課題への対応に迫られていた。このようななか、あの産業政策のインパクトは、圧倒的な重量感とスピード感を持ち、まちと市民生活を一変させるに充分であり、全国の耳目を集めた。これを契機に、製造業の国内回帰への足掛かりとなったことは記憶に新しい。
  あの企業立地が余りに衝撃的であり、最先端の液晶TV「亀山モデル」が一躍名を馳せることとなったが故、本市は全国的な知名度の向上とともに、企業城下町としてのイメージが大々的に形成された。実のところ液晶産業の集積以前も、交通の要衝を強みとして、多様なものづくり企業に立地いただく「緑の工業都市」としての性格を有していた。シャープ(株)の立地は、その特性を数段強化する契機となった。
 現在と亀山工場操業前とを比較(2003→2015)すると、製造品出荷額の伸び3.04倍、市全体従業員数の伸び1.26倍、地方税額の伸び1.42倍、昼夜間人口比率の逆転にみる拠点性など中長期的な成長を果たしていると言えよう。また、本市の財政力指数が1を超え地方交付税の不交付団体となった6年間(2005→2010)に、都市のストックとしての小中学校・幼稚園の改築などのハード事業、県下を先導してきた子育て支援や健康医療政策などのソフト事業が順調に展開できたことも、市民の「クオリティ・オブ・ライフ」の向上に少なからずつながってきたと言える。
 振り返れば、この15年間の液晶産業の集積が地域社会に与えた影響は、単に地域経済・雇用・人口・市税への貢献のみならず、有形無形の多岐にわたる。特に私どもが目指す持続可能なまちづくりへの貢献として、森づくりなどの環境保全活動、次世代への環境・情報教育、また近年ではタブレットを活用した高齢者の健康管理・生活支援サービス「亀山QOL支援事業」などPPP(公民連携)の厚みを増しており、今後においても一層の協働への期待を寄せている。これら一連の積み重ねが、市全体の環境政策の基盤となる高い市民風土の醸成へつながっていると実感することができる。一例をあげれば、本市は全国に先駆け「ごみ埋め立て処分量ゼロ・全量再資源化」の廃棄物溶融処理システムと山元還元、埋設ゴミの再処理を実現しており、それは環境に対する市民風土によるところが大きい。これらもまた有形無形の成果と言える。
 一方、2008年秋のリーマンショックの後、急激に潮目が変わる訳だが、一旦馬力ではない持続可能な地域経営への転換によって、この変化を乗り越えてきた。未だ課題はあるものの、このことが都市自治体としての現在の血や肉になっていると感じている。古今東西、都市のキャパシティを超える急激な経済成長が地域の自然環境や人的環境を破壊する力を持つ時がある。また往々にして、分度を越えた経済的エネルギーが人心を変え社会を変質させてしまうこともある。幸い本市は、この15年の激動と混沌のなかで試行錯誤をしながらも、全国有数の環境変化にしたたかに適応してきたような気がする。これもまた新しく生まれた「亀山モデル」なのである。

市民の地域愛と都市政策

 クオリティ・オブ・ライフを決定づける重要な要素のひとつが「健康」であることに、異論をはさむ余地はない。現代社会において、健康を個人の責任としてのみ捉えるのではなく、都市の環境と機能の全てによって身体的・精神的・社会的な健康水準を高める必要があるという、WHO(世界保健機関)が提唱する「健康都市」「健康寿命」の考え方に賛同し、2010年7月、本市は健康都市連合に加盟した。健康都市連合は、WHO西太平洋地域事務局の呼びかけにより2003年に創設され、生活の質の向上を志向する都市間ネットワークによる国際的な協働を通じ、健康都市の発展に向けた知識・技術を開発することを連合憲章に掲げている。本市は日本で14番目の都市として加盟が認証された。現在、世界176都市42団体が加盟、日本からは41都市3団体が加盟(2016.7)している。
 以来、私どもは健康を重視する都市政策を立案し、健康を支える環境を整えるべくコミュニティの強化と個人の能力開発を促進させ、より高い健康水準とQOLを達成しようとする健康都市戦略を追いかけてきた。その具現化に向けた「地域医療再構築プラン」と「食育推進・健康増進計画」に基づき、生活習慣病の予防、各種がん検診・予防接種を受けやすい環境づくりを充実するとともに、地域コミュニティにおける健康づくりの仕組みづくり支援、高齢者の社会参加促進などの各種事業を展開している。さらに、国立大学法人三重大学医学部と連携した「亀山地域医療学講座」を開設し、市立医療センターをフィールドに、総合診療・救急医療を担う医師の養成と保健医療体制に関する調査・研究を通じて、世界標準の健康都市づくりに挑んでいる。

 一方、都市と生活の質を決定づける要素は前述の環境や健康など多岐にわたるが、そのなかでも最も重要な要素の一つが「文化」ではないかと考える。文化の力が私たちの心に感動と創造の喜びや安らぎを与え、豊かな人間性を育む源泉であることは論をまたない。とりわけ、伝統的な歴史や行事、絵になる景観や風致、魅力的な生活習慣や産業技術などはそれ自体が価値を持つだけでなく、まちのアイデンティティ(独自性・同一性)を形成し市民の愛着と誇りを育み、まちづくりの原動力になることに疑う余地はない。
 そのような視点から、私どもは歴史文化遺産を活かした都市政策を重視してきた。2009年1月、市域を貫く東海道沿道19.5km、約500haを重点区域に設定した「歴史的風致維持向上計画」を策定し、全国初の歴史まちづくり法による認定を受けた。この計画は、日本の東西文化が交わり独自の街道文化を育んできた東海道三宿が有する歴史的・文化的資源をハード&ソフト両面から磨き上げ、将来世代への継承を図ろうとするものである。
 また、2014年、「かめやま文化年」と命名したアクション・イヤーを設けた。現在、2度目となる「かめやま文化年2017」に向け準備を進めているが、これは「亀山市文化振興ビジョン」に掲げた「文化の見える化」プロジェクトの一つである。こちらは、文化が人や社会に作用するチカラいわゆる「文化力」を高めるべく、3年毎に年間キャンペーンとして《みつめる・つながる・かがやく》を基本テーマに、文化芸術に関する各分野の事業を重層的・継続的に展開することで、文化の好循環を生み出し「キラリ輝く」結晶性の向上を目指すものである。

 この「健康都市」「文化都市」という2つの都市戦略は、前述の「環境先進都市」を目指す政策と調和し、『都市と生活の質・QOL』を高める役目を果たすと確信している。さらに、私自身、行政レベルでの環境政策をはじめ産業政策・交通政策・コミュニティ政策など他の政策領域と密接に関連する基本政策・施策のもと、市行政各部局に横串をさす総合行政を強く志向してきた。とは申せ「ローマは一日にして成らず」の諺どおり一進一退の連続ではあるが、役所のタテ割りという仕組みや体質が抜本的に転換されなければ、循環系を持つ持続可能な地域社会は創れないとの基本認識を持っている。
 私どもは、その古くて新しいテーマであるタテ割り行政に終止符を打ち、QOLを高めるための統合された政策や行政システムの実現にこだわって行政の質を進化させたいと決意している。行政のタテ割りによる部分最適ではなく、地域社会としての全体最適を目指さなければならない。それ故に、各政策が統合され包括的な都市政策を推進・制御できうる行政経営を志向する必要がある。

 さて、本市まちづくりの特徴のひとつに、「市民力による高い地域力」がある。これも、クオリティ・オブ・ライフに関する大切な要素でないだろうか。市民一人ひとりが自分たちのまちに愛着と誇りを抱くことができれば、まちが直面する課題の解決のために、また地域社会の未来をよりよくすることのために、自発的な取り組みが始まる。他人事でも評論家でもなく自らの問題として積極的に関わり、行動することが可能となる。市民活動や地域活動による多彩な社会参加を通じて絆を深め、そのふれあいとやりがいが個人のモチベーションとなり、生活の質と密接に関連するであろうことに疑う余地は無い。
 私どもは、リーマンショック後の急変する厳しい財政事情のなかで、大型事業の見直し等の行財政改革を断行しなければならなかった。財政的制約があるなかで行政と市民が責任を共有するためには、市行政への信頼が不可欠である。そのために、情報公開と情報共有のための制度整備を進めるとともに様々な事業において市民や地域団体等の参画・協働による「開かれた市政」を推進してきた。その結果、市内における市民活動やコミュニティ活動が活発化しており、「地域愛」と比例してQOLにつながっていると感じている。

むすびに  ~亀山クオリティ~  

 私たちは、前述したこの10数年余の激動期を全力で駆け抜けてきた。2005年の新市施行からも早や13年目を迎える。その歩みは、「都市が持続的に成長し、輝くQOLを実現するために何が必要なのか」という問いの答えを探すプロセスである。また、本市の環境政策のシンクタンクである「亀山市総合環境研究センター」を核として、地域社会のバックボーンとなる「亀山学」の確立へとつながったことも意義深い。それは机上の学術的理論でなく、市民や地域や企業や行政の実践的な改善行動を促す「産学官民連携」の軌跡でもある。この地域学は小さな都市の小さな一歩にすぎないかも知れないが、全国有数の環境変化を経験した自治体だからこその『亀山クオリティ』は、今後も愚直に実践され磨かれ続けることで、地方創生の時代を切り拓くことが可能となるのではないか。

 かつて明治・大正・昭和初期、このまちに県の女子師範学校が置かれた。戦後、学制改革により新制三重大学が発足し学芸学部(現・教育学部)へ引き継がれた後、本市に三重大学付属小・中学校が置かれ廃止される1963年までの約60年間、本市は、内外より『教育の町』と称された時代があった。半世紀以上の時を経て今なお、「次世代を育むことに対する使命感が、市民一人ひとりの遺伝子に組み込まれているのではないか」と感じる場面に出会うことがある。
 私たちは、この誇るべき精神文化を有するまちを学校として、市民とともに学び真のQOLを育んでゆく、そして「自らのまちは自らで創る」その精神と行動を将来世代へと継承したいと強く願うものである。その道は遠く厳しいけれど、必ずや持続可能な『小さくともキラリと輝くまち』へとつながる道であることを確信してやまない。