江戸時代、関は東海道の宿場町として栄えました。関宿の範囲は、西追分から東追分までの約1.8キロメートルにおよび、当時の面影を残す歴史的建造物が軒を連ねています。
< h2>新所の町並み
新所は関宿の西側に位置します。地蔵院の門前となる新所東側は、中町と一体の家並みを形成し、 中二階の町屋が多く、主屋の横に庭を設けて高塀をめぐらす質の高い町屋もみられます。一方新所西側は 、その大半が小規模な平屋で仕舞屋風であるため、全体としてやや地味で落ち着きのある町並みです。格子や 庇の幕板など、伝統的な細部意匠が比較的よく残っています。
![西追分[県指定史跡]](/kanko/sekijuku/nishi.data/seki3.jpg)
![西追分[県指定史跡]](/kanko/sekijuku/nishi.data/seki4.jpg)
関宿の西の入口となる西追分は、東海道から大和・伊賀街道が分岐していました。石柱には「ひだりハいかやまとみち」とあります。




「関の地蔵に振袖着せて奈良の大佛婿に取ろ」の俗謡で名高い関地蔵院。天平13年(741)行基菩薩の開創と伝えられています。近郷の人々に加え、東海道を旅する人々の信仰を集め、現在でも多くの参拝客でにぎわっています。境内の本堂・鐘楼・愛染堂の3棟の建物は国の重要文化財にも指定されています。

関の小万は孝女の仇討で知られ、鈴鹿馬子唄にもうたわれています。小万が育ったと言われる山田屋(後のあいづ屋)は地蔵院前に今も残り、その墓は福蔵寺境内にあります。

関宿のほぼ中心にある関郵便局は、江戸時代には高札場があったところです。


「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」とうたわれた関宿を代表する旅籠のひとつでした。
江戸時代の旅籠建築を修復し、当時玉屋で使われていた食器やお膳類、江戸時代の庶民の旅に関係する歴史資料や美術品などを展示した、日本最初の旅籠資料館です。
入館料:大人300円(250)円、子供200円(150)円 ※( )内は30人以上の団体。
入館券は関まちなみ資料館と共通。
休館日:月曜日、年末年始(12/28〜1/4) TEL 0595-96-0468

中町は関宿の中央部分。通ごしに西を見ると、正面に地蔵院本堂の大屋根が見えます。
関宿の中で東海道に直接面する寺院は他になく、このお寺が東海道と強い関係にあったことを物語っています。
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